王国ファンタジア【氷炎の民】
「なんだ?」

 振り向きもせず彼は応じる。

「どうして彼に貴方のことは秘密なのですか? 長老様たちはそれが習いだとしか教えてくれませんでした」

 氷炎の神<サレンス>は彼の民が危機に陥ったとき、<導き手>の呼びかけに応じて<器>の身を借りて立ち現れる。

 かの神の本体は創世の時代に犯した自身の過ちのため、世界が終わるまで眠りにつかねばならぬ。逆に言えば彼が真に目覚めるときは世界に終わりが来るときでもある。

 今世代の<導き手>はレジィ、<器>はサレンスだった。
 だが、それは当の本人サレンスには伏せられていた。

「そうか、先代の<導き手>は早世したのだったな。お前にはきちんと伝承されなかったとみえる」

 彼は足を止めると振り向いた。ほの暗い洞窟の中、青い炎に照らされて彼の凍青の瞳が常よりも深い色を帯びていた。銀糸の髪が内側から光を放っているかのようにきらめく。

「私のうつし世の<器>である彼はもともと私の一部だ。だから彼が己を思い出したときは私の元に<還る>ことになる。だが、それはうつし世のものたちにとっては<死>を意味する」

「え?」

「私は必要なら<器>を幾たりと作ることはできる。しかし、それはもう彼ではない。彼の人格は彼自身が人として生きた時間に培ったもののゆえ、再現することは許されない」

 銀髪の青年の姿を借りた神はどこか遠くを見るようなまなざしで語る。

「己を思い出すよすがを与えぬことだ、彼を失いたくないならな」

 青い瞳をこぼれんばかりに見開いた少年に彼は語りかける。

「急ごう、私もあまり長く<ここ>に居座っているわけにもいかない」
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