ハツコイ☆血肉色
「それにしても、すごくいい部屋だね」


女がソファから腰を上げた。

グラスを片手に部屋の中をうろつき始めたので、僕は女に付いて回った。


「この絵、もしかして円城寺くんが描いたの?」


女は壁に掛かった額縁を指差している。


「まさか。シャガールのリトグラフだよ」

「ふーん……綺麗だね。なんかラクガキっぽくて面白い」

「はは、そうだね」


美の到達点とも言うべき至高の逸品を、ラクガキとは恐れ入る。


「あれ? あれとおんなじやつ、わたしの実家にもあるよ」


女が慌ただしく向かった先は、オブジェを並べたオープンシェルフだった。


「ん? どれ?」

「これ、この壺」

「それは藤原啓の作品だね。有名な陶芸家だよ」


つまるところ、お前の実家にあるのはただのレプリカだ。


「へえ、そうなんだ? 雑なつくりが逆に可愛いよね。凸凹して」

「はは、そうだね」


なにが逆なのか意味不明だが、人間国宝の遺作を「雑なつくり」と切って捨てるお前の審美眼がトチ狂っていることは確かだ。


女は書棚のほうへ移動した。


「円城寺くん、読書家なんだねー」

「それほどでもないよ」


あくまでも笑みを絶やさず女に応対する。


女は書棚から一冊を手に取り、ぱらぱらとページを繰りはじめた。


「うわ、全部英語だ。読み終わるのに一〇年くらい掛かりそう、あはは」

「はは」


一〇〇年掛けたところで、フリードリヒ・フォン・シラーの思想も哲学もお前には毛ほども理解できないだろうし、ついでに言えばそれは英語ではなくドイツ語だ。
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