ポケットの恋
常連客の権限を勝手に利用して、何か言われる前に、明日美のすぐ前の席に座った。
「久しぶり、古谷君」
慣れた手つきでミルにお湯を注ぎならが、明日美が笑った。
古谷も軽く会釈で返す。
「今日、秋田来てますか?」
少しだけ声をひそめて聞くと、明日美ははっとしたように眉をひそめた。
その様子に嫌な予感が走る。
「秋田、なんか?」
「でも秋田さんは言って欲しくないかもしれないし…」と渋る明日美に迷惑だと知りながら食い下がった。
普段に無い険しい表情をした古谷に、明日美は何かを察したらしい。
「秋田さん…お母さんが入院してて、そこから連絡来たらしいの。かなり危ないみたい」
瞬間、息を飲んだ。
「どこの病院ですか!」
「え…蓮池病院だけど…」
立ち上がろうとして、我に帰った。
今俺が行ってなんになる?
秋田の支えにでもなるつもりか。どの面下げて。
「そう…なんですか」
適当な声を出してゆっくりと腰を戻した。
明日美が不思議な顔をして古谷を見る。
「行かないの?」
この流れで、真実の所へ走って行くと思ったのだろう。
実際古谷もそうするつもりだった。
だが、幸日のことが足を止めた。
< 286 / 341 >

この作品をシェア

pagetop