追憶 ―箱庭の境界―
「…何かの文献で読んだんですよ。どこかの国では琥珀色の液体を『アンバー』と呼ぶんだとか…。貴女は、その美しい琥珀色の瞳が印象的ですからね…」
にゃあ…
『…そう言われたら悪い気はしないけれど。』
猫は未だ不機嫌ではあったが、ピクリと耳を動かし満更でもない表情を浮かべる。
『…ただの弱虫だった子供が…、随分と口が上手くなったものだわね!』
「えぇ、お陰様で。」
元々世渡り上手ではあったが、同年代の男たちと比べると、青年は飛び抜けて女性の扱いが上手かった。
其れは紛れもなく彼女のお陰。
自尊心が高い。我儘。
気紛れ。気分屋。
終始、彼女と共に暮らす青年にとって、町の女たちの女心など可愛い物だった。
にゃあ…
『ねぇ…そろそろ「人の姿」に戻して?ねぇ、ご主人様ぁ?』
いつの間にか再び床の上に下りていた黒猫が、ゴロゴロと喉を鳴らし、青年の足に擦り寄っていた。
「…貴女こそ、都合の良い時だけ『ご主人様』呼ばわりするんですから困ったものですね…」
青年は溜め息を漏らしながら呆れた様に笑う。
しかし此の関係は、青年と黒猫にとって互いに居心地の良いものだった。