ブラッティ・エンジェル

あべこべ

 それから何日後かの昼。俺はヒナガとその店にいた。言ったからに破るわけにはいかないからな。
 「ずっと楽しみにしてました」と嬉しそうにヒナガは言っていたが、その表情の裏にどこか影があるような気がした。
 コーヒーの独特のいい香りと、ケーキの甘い香りが充満している店内は、オシャレで明るかった。女の子が好きそうな店。そんなイメージを持った。
 さすが、人気店とあって店は人で溢れていた。こんな昼間からケーキ食いに来るなんて、物好きだと思ったけど、今は自分もその一人だった。考え直したさ。
 向かい合わせで座っているヒナガは、嬉しそうにケーキを口に運んでいた。俺も、どこか不思議な気分でケーキをつついていた。美味しかった。別に食がすすまないわけでもないし、まずいわけでもない。ただ、空気が気持ち悪かった。
 嬉しそうに食べてるヒナガが、なにか隠している。そんな気がした。
 気のせいかもしれないと、何でもない風にケーキを食べるけど、空気が悪い。
 早く話してくれないかとそわそわしているうちに、皿は空っぽになって、コーヒーはすっかり冷めていた。ヒナガの皿も空っぽで、残りはカプチーノだけだった。
 しかし、口をつけない。カップの取っ手を掴んでいるが、飲む気配はない。
 さっきまで、あんなに楽しそうにしていたのに、今の顔は辛そうだった。痛そう。そう言ってもいいくらいだった。見ていて、こっちも辛くなった。
 なんだろう。どうしたんだ?
 しかし、いっこうに話そうとしない。
 聞いた方がいいのか?優しい言葉をかけるべき?
 俺の口からは、どんな言葉も出てこなかった。
 不思議な空気のまま、時間ばかりが過ぎていった。
 突然首を振って頷くと、カプチーノをグッとヒナガは一気飲みした。そして、ニッコリと微笑む。今までのはなんだったのかと思わせるような、そんな笑み。
「さ、帰りましょう。今日もバイトがあるのでしょう」
確かに、この後もバイトで長いことのんびりも出来ないが、そんなの逃げる言い訳だ。
 今別れたら、きっと終わりだ。
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