ブラッティ・エンジェル
 ヒナガはなにも答えられなかった。かわりに、星司を強く抱きしめた。
 今までの時間を、そして、これから会えなくなる時間を埋めるように。
「カプチーノ。飲んでいくか?」
ヒナガが答える前に、星司はカウンターに向かっていた。西日が差す店内は、昔よく通っていた喫茶店に似ていた。二人が再会したあの店に。
 離れた星司のぬくもりに少しだけ照れながら、ヒナガはカウンターの席に座った。
 カプチーノのいい香りが店内を満たしていく。それだけで、心が透き通っていくような気がした。
 カウンターに出されたカプチーノの湯気に目を細める。
 あの店内と、見慣れた常連さん、それと制服を着た星司が見えたような気がした。
 星司がカウンターの向こう側に腰を下ろした。自分のコーヒーに口をつけながら、昔話を始めた。その姿は昔と変わらない、ぶっきらぼうで無愛想で不器用な愛しい人だった。
 この人は、こんなに変わらないのに。どうして自分は変わってしまうのだろうとヒナガは目頭が熱くなって、鼻がツンとした。
 しかし、ニッコリと笑った。笑って昔話に加わった。他愛のない昔の事をずっと。
 日は、もうとっくに沈んでいた。店内はすっかり暗くなっていた。
 いつまでにこのままではいられない。心地がいいからといって、ここに残ることはできなかった。空っぽになったコーヒーカップを置いて、ヒナガは立ち上がった。
 昔話は、もう途切れていたから。
 できるだけ、星司を見ないように心がけ出口へ向かう。星司はもう、なにも言わなかった。
 からんっからんっ
 ドアベルの不規則な綺麗な調べ。
「いってらっしゃい」
星司はそれだけ言った。カウンターに突っ伏しながら、考えた末の言葉をはき出した。
 ぶっきらぼうな言い方。愛想の欠片もない。
 しかし、その不器用さにヒナガの心は満たされた。
 ふっと柔らかく顔を歪ませると、店を旅だった。
「いってきます」
帰りは遅くなるかもしれない。でも、できるだけ早く帰ってくるから、待っててね。
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