ブラッティ・エンジェル
「本当にそうなの?」
望にはどうもサヨの言っていることが信じられなかった。信じたくないだけなのかもしれない。だから、その口から嘘だと言ってくれるのを期待したのだ。
 サヨは俯いた。肩が小さく震えている。泣いているのだろうか?
 しかし、次に聞こえたのは小さいため息のような笑い声だった。
「なんで嘘をつかなきゃいけないのよ。あんたが嫌い」
「でも、悲しそうだよ」
望は凛とした力強い目で、サヨをとらえる。
 その目は天使の翼を見透かすだけにはいたらず、他のものも見透かしてしまうのか。
「サヨ、なにかあったの?」
俯いたままなにも言わないサヨに、望は手を伸ばした。
 いったいサヨはなにを思っているのだろう?なにを考えているのだろう?なにを背負っているのだろう?
 望はそれが知りたかった。それさえ知れば、どこかに解決の糸口が見つかるはずだから。
 次の瞬間、望の手はサヨの手によってたたき落とされた。
 その顔には、恐怖に近いものがあった。
 それはすぐにさっきの笑みに変わっていた。
「悲しい?私は天使なの。感情なんて、心なんてあるわけないじゃない」
「サヨには心があるよ」
「やめて!私達の存在理由を否定しないで!」
まるで子供のようにサヨは耳を塞いで、首を横に振った。
 天使にも心がある。
 それは時折考え、感じることだった。しかし、認めてはいけない事。そうなると、天使の存在理由が消えてしまうから。
 天使は、心を手に入れるために存在している。魂の迎えなんて神の手にかかれば簡単にできる。それを天使にわざわざやらせているのは、天使というシステムを作るため。天界という世界を作るため。
 神がなぜ天使を作ったのかはサヨにはわからない。しかし、心がないこと、それを手に入れるという目標だけで生きていける。それなのに…!
「人間なんて嫌い!心が当たり前のものだと思っているから!」
サヨは初めて天使が人間を嫌う理由がわかった。
 しかし、それだけでサヨは人間を嫌いになるなんて出来ない。それもわかっていた。
 それでも、言うしかないのだ。望にどう思われようと。嫌われようと。軽蔑されようと。
 サヨを忘れて、人間と幸せになるなら。
「望も嫌い!だいっ嫌い!」
投げつけるようにそうとだけ言うと、飛び去ろうとした。
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