空色幻想曲
「ラーファルト神官長様!」

 青ざめた声が沈黙をうち破る。
 教室に一人の青年が息を切らして飛びこんできた。紫基調の服装は神官の礼服だ。

「ロキ、何事です。ティアニス王女様の御前(ごぜん)ですよ」

「あ……、お、王女様、ご無礼を……」

 ロキと呼ばれた青年は、見ていて気の毒になるくらい委縮してしまった。よほどの緊急事態なのだろうか。腰まで三つ編みにした緑髪がひどく乱れている。

「いいわ。どうしたの?」

「は、はい、申し訳ありません。さ……先ほど、騎士の合同訓練で重傷者が出まして……」

 おどおどとしゃべり始めた若い神官とは対照的に、年を重ねた神官長は冷静な口調でかえす。

「治癒担当はあなたの他にもいるでしょう」

「で、ですが、怪我人が多くて……手が足りない状態です。お手数ですが、神官長様のお力をお貸し頂きたいのです……」

「仕方ありませんね。王女様、私は席を外しますので残りは自習ということで」

「わかったわ。早く行って治してあげて」

 騎士の合同訓練ならリュートやレガートもいるはずだ。
 青年のあわてぶりが気になったけれど、神官長がいれば心配ないだろうし、私が出向いたところでなにもできない。そう考えて、出ていく二人を見送った。

 静かに閉じた扉の残響が、やけに大きく耳についた。

 遠くなっていく二つの足音を聞きながら、気になるならなぜ様子を見に行かないのか、と自問して目を伏せる。

 ほんとうはただ

“癒しの力”を見たくないだけじゃないのか、

と黒い自分がなじった。

 生きとし生けるものすべてを愛し、すべての罪を赦す、慈愛の女神。
 もしも本物の女神に会えたなら、訊いてみたい。
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