空色幻想曲
 長い坂道を登って丘が見渡せる場所まで辿り着いたとき、微風が小さな旋律を運んでくる。
 耳に馴染(なじ)んだ曲だ。

 懐かしい音色を手掛かりにして、丘の最上部に(たたず)んでいるティアニス王女の後ろ姿を捉えた。こんな新月の闇夜でさえ明るい空色の髪はよく映える。

 あの誓いの夜にも、同じ光景を見た。

 人がひしめく場所を独り抜け出して。
 その胸に憂いを忍ばせて。
 静かなる星空を舞台にして。

 彼女は、歌っていた。

 消え入りそうな声で。
 繰り返し。
 丘から町を見下ろしながら歌う(さま)は、女神がせつなる祈りを捧げているかのようだ。

 ────……
 いや。

 俺は思い直して、ところどころ小刻みに震える繊細な声に耳をそばだてる。
 これは、祈りなどではない。
 ただ歌っているのでもない。

 彼女は……

 ……泣いて、いるんだ。

 瞳からではなく唇から零れる旋律が、彼女の“涙”なんだ。

 きっと、あの夜も。
 涙を流す代わりに歌っていたのだろう。

 そんなことに今更ながら思い至って胸が締めつけられた。
 たった独りでいるときさえも……ちゃんと『泣く』ことができないのか。

 俺はそっと彼女に近づく。
 足音に気づいたのか、独りきりのステージは強制的に幕を閉じた。しかし、背を向けたままこちらを振り返る素振りはない。
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