君の声が聞こえる
 あの強い決意のこもった眼差しも、こんなに鮮明に思い出せるのに、雅巳がこの世界のどこを探しても、もういないなんて事があっていいんだろうか?

『じゃあ、もうじき生まれてくる子の子の事も私の事を好きだって言ったのと同じくらいに好きになってくれる?』

 最初で最後の雅巳との指きりげんまんをしてまで交わした約束。

 私には雅巳の声が聞こえたような気がした。

「赤ちゃんは?」

 その声に突き動かされるように私はその言葉を口にしていた。雅巳の母親は私の声を聞いたことでホッとしたように安堵の吐息を漏らした。

「元気よ。臨月で生まれてしまったから少し小さくて、保育器に入っているけれど、一カ月もしたら退院できるって病院でも言われたわ」

「わかりました。お通夜は明後日の何時からですか?」

 感情のこもらない声。これが本当に私の声なのだろうか?自分でも確信が持てなくなるほど固い口調だった。

「六時からよ」

「必ず行きます」

 電話を切った私はしばらくの間、その場で固まったようになって動く事が出来なかった。

今、交わされた電話でのやり取りを反芻してみるが、現実感が伴わなくて悪夢のように私の頭の中で渦巻いている。
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