Engagement Ring―かすみ草―×―ひまわり―
『でも、大切な事は教えないといけないから。俺らも涙に家族だぞって言ったから……波音ちゃんも複雑だとは思うけど、婚約者だって涙に説明してやってな』
柔らかく笑った雅臣さんは、部屋に戻るから涙拭いて、とハンカチを差し出してくれた。
ハンカチを受け取って涙を拭う。
涙に私が婚約者なんだよ、って言っても良いのだろうか。
私の存在すら覚えてない涙に。
いきなり覚えが無い人から“婚約者”と言われても、涙を困らせるだけ。
それなら……
『雅臣さん。私、涙に言いません』
『……波音ちゃん?』
雅臣さんが、目をわずかに見開く。
『言えません。私の事を覚えていない涙に、私と婚約してるって……言って困らせたくないから』
縛り付けてしまうような事なんてできない。
『それで良いのか?波音ちゃんは』
『はい。私は、涙を信じていますから。きっと、涙が思い出してくれるって信じてるので』
きっと、涙が思い出してくれる。
私の事を。
だから、私からは絶対に言わない。
涙が思い出してくれるまで。