愛夢ーアイムー
第一章

逃避

頬が痛む。

母親に殴られた箇所だ。

赤くはれ、じんじんと痛む。



殴られた理由?

ハハハ……そんなものはない。

いつもと同じ。

母親のうさばらしだ。



ホステスの仕事へ向かう母親と、わたしは、廊下ですれ違った。

「綾花」

名前を呼ばれ振り向くと、彼女は突然わたしの頬をはった。

「おかえり」とか「学校どう?」とか
そんな会話はなく、

彼女は突然、手をあげた。

「何するんだよ!」
そう言い返したかった。

でも……彼女の鬼のような冷たい瞳に睨まれると言葉が出てこなくなる。

わたしは、ただだまっているしかなかった。


子供の頃から繰り返されてきた暴力に、わたしはいつの間にかなれてしまったのかもしれない。


彼女は鬱憤を晴らすかのように、わたしを部屋の角に追い詰め逃げられないようにすると、両頬をはり続ける。

彼女はそのうち、飽きてしまったのか、腕を下ろした。

そして、わたしの顔をのぞき込むと、いった。

「なあ、綾花。お前知ってるか? 自殺しても保険金は出るんだよ。もう、かけ始めて随分経ってるからな。死にたかったら死んでもいいんだよ。親孝行してみな」

彼女は不吉な笑いを残すと自室に戻っていった。


一人とり残されたわたしは、痛む頬を押さえた。

いつの間にか瞳から涙がしたたり落ちている。

涙は頬をつたい、とりとめなく流れ続けた。



こんな人生なんかいらない。


どうして産んだの???


家を飛び出した。

これからのことなんか何も考えていなかった。

ただ、この家から、母親から逃げ出したかった。


行くあてなんかない。

それでも、わたしは夜の街を駆け抜けた。

全速力で走り続けた。
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