午前0時の誘惑

◇◇◇

都心にある三ツ星ホテルのスイートルーム。
そこは、普段の生活から隔絶された空気を味わうには絶好の場所だった。

部屋の装飾品から調度品、すべてが私には一生手に入らないようなものばかり。
明かりのひとつをとっても、照度が計算しつくされているように思えた。
単に煌びやかなだけじゃない。
ゴージャスなのに、それをひけらかさない品の良さを感じる部屋。

高層階から見下ろす街並みは、夜には色とりどりの宝石を散りばめたようだった。
それが朝を迎えると、薄く霞みかかった街に太陽光が当たって、それは息を呑むほどの美しい景色だった。

私は、そこに不定期で通っている。
総合商社に勤める、ごく普通のOLという身分で。

香西莉良(かさい りら)二十八歳。

その商社には短大卒業と同時に就職。
以来八年間、総務部で一般事務として働いている。
午前八時半から午後五時半までの勤務時間。
残業がめったにないのは、ありがたかった。

肩につかないボブスタイルの髪は、クセ毛でパーマいらず。
自然な“ゆるふわ”ができることを友人には羨ましがられ、芸能人に似ていると言われることよりも、リスやウサギに似ていると言われることが多い。

スイーツが大好きな、一般的な女子の見本みたいな私。
そんな私が、そんなホテルのスイートルームに出入しているのには訳があった……。

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