おにぎり丼。
古びた鉄製のグレーの扉。

表札は出ていない。


鍵穴に鍵を差し込んで右に回すと、小気味良い音が響いて、鍵が開いた。

「ただいま」

私は、誰もいない部屋に向かって、いつものようにそう言った。

都内の築20年の賃貸マンション。

壁も床もお風呂もキッチンも、何もかも古びている。

それでも、この地域で2DKで家賃10万というのは、掘り出し物の物件だろう。


玄関には、ヒールの高いブーツが脱ぎ捨ててある。

私はそれを下駄箱にしまって、部屋に入った。

玄関をあがってすぐのところにあるダイニングキッチン兼居間は、脱ぎ捨てられた服と紙袋で散らかっている。

紫色の胸元が大きくあいたワンピースや、真っ白なコート。

ルイヴィトンとグッチの紙袋。

いつものように、それらをまとめて、クローゼットに収納する。

しばらくすると、ドアフォンが鳴った。

「あいてるよ」

私が声をかけると、ドアは勢いよく開いた。

「たっだいまー★」

そう言って部屋に入ってきたのは、流行のファッションに身を包んだ派手な女だ。

「みどりちゃん、今日はずいぶん早くない?」

「いや。お姉ちゃんが遅いんだよ。めちゃくちゃ」

「え?そうなの?」

「そうだよ。お姉ちゃん、いつも朝に帰ってくるのに、今日は朝を通り越して、次の日の夜だよ」

「あー。仕事のあとクラブに行ったのよね」

「それに、お姉ちゃんすごく酔ってない?」

「クラブのあと、友達の家で飲んだの。あー頭痛い」

「大丈夫?」

「シャワー浴びて寝る」

姉はそう言うと、その場で服を脱ぎ始めた。

「お姉ちゃん、脱衣所があるんだから、ここで脱がないで!」

「あ。ごめーん」

と言いながらも、下着まで脱いで、それからバスルームに消えて行った。

姉はいつもこんな調子だ。


4歳年上の姉は、キャバクラで働いている。

両親が刑務所に入って、姉妹二人で生きていかなければならなくなった時、姉は水商売の道を選んだ。

熱心に働き、月に40万近い給料を貰い、家賃や光熱費も払ってくれている。

私一人の収入だったら、人並みに暮らすこともままならなかっただろう。

姉には頭が上がらない。
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