わたしが本当に好きな人
「ふう、やっと終わった……」
人知れず溜め息をついてみる。
放課後までの時間がやけに長く感じた。
「帰り?」
えっ……
帰ろうと階段を下りていると、踊り場で澤先生に声をかけられた。
「は、はい……」
さようなら。
そこでそう言ってそのまま帰ればよかった。
実際わたしもそうするつもりだった。
「せ、先生!」
だけど、わたしは先生を呼び止めてしまった、それも大声で。
「何?」
ど、どうすれば……
幸い、周りに人はいなかったけど、このまま沈黙が続けば気まずい。
「携帯電話のお礼かな?」
先に沈黙を破ったのは先生だった。
「忘れてなかったんですか?」
てっきり忘れているものとばかり思っていたのに……
「印象的だったからね」
「そんなに印象的な出会いでした?」
わたしにとっては印象的だったけど、先生からしたら単なる人助けだろう。
「受験番号を見つけたときの、君の顔がすごく可愛かったから」
耳元で囁かれる言葉、その言葉はわたしの思考回路を停止させる。
か、可愛い!?
確かに先生はそう言った。
男の人から褒め言葉をもらったことがないわけではないけど、それでも「可愛い」なんて言われたのは初めて。
それも先生からなんて……
まずい、自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。
「それじゃあ、気をつけてね」
固まっているわたしをよそに、先生は先に下りていった。

「先生、冗談ならそんなこと言わないでください、わたしが惨めになるだけですから……」
先生に聞こえないように、わたしはつぶやいた。
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