欠陥ドール
…それよりも、なにあの女。肌が密着しそうなくらいの至近距離におもわず歯を噛み締める。
リタに触らないで。
真っ黒に蠢くあたしの中のなにかが、そう叫んだ。
ギリ、と何かが音をたてて切れた。同時に口内に広がる血の味。噛み締める力に抑えが効かなくて、唇が切れてしまったようだ。
ポタリと手のひらに赤い滴が落ちた。
それを眺めている自分の頭がぼんやりとしてきて感覚が薄くなってきたのが分かった。
ドールにだって、血は流れている。別に不死身なわけでもないし。ただ、普通の人間よりも遥かにすぐれた身体能力、頭脳、洞察力を持っているだけ。あいにく、あたしにはすぐれた身体能力しか備わってなかったけど。それでも、体の構造は人間と同じなのに。
それなのにドールと呼ばれ、人間に飼われる。そしてあたしは感情なんて捨てろと言われた。
自由なんて、どこにもない。
(……マリー!)
いきなり自分の名前を呼ばれて、パチっと目が覚めた。
普通の人間には聞こえないであろう周波の声。あたしの耳には届いた。
あわてて天井の隙間から下を覗くと、カナンが周りに気づかれないように恐い顔であたしを睨んでいた。