雪に埋もれた境界線
 何だこの大金、交通費だけで二十万なんて! 「少ないながら」って書いてあるけれど、少なくはないだろ! 場所は同じ県内だから、駅からタクシーに乗ったとしても、そんなに交通費はかからない。十分余る金額だ。屋敷と財産は、相当な物に違いないだろう。

 安いアパートの四畳半で、変色した畳の上に寝転がりながら、石川陸は、札束と招待状を交互に見ていた。

 この黒岩玄蔵なる人物は何者なんだろう……。

 そうだ! ネット検索で何か分かるかもしれない。

 陸はダルマのように勢いをつけて起き上がると、パソコンの電源を入れた。中古で買って、もう何年も使っているパソコンは、壊れかかっており、変な音を立てているが、新しいパソコンを買う余裕などない。

 パソコンをインターネットに繋ぐと、黒岩玄蔵の名で検索してみた。
 何もヒットしないなぁ……。あまり有名な人物でもないのだろうか?

 ふと部屋の掛け時計を見ると、午後四時半を過ぎていた。
 あっ、ヤバイ、もうバイト行かなきゃ! 

 五時から居酒屋のバイトのシフトが入っている陸は、慌てて黒いダウンジャケットを着込むと、足早にアパートを出た。
 
 陸は二六歳になった現在も、定職には就かず、アルバイト生活をしていた。
 理由は、心理学を学び、東京の大学を出た後、地元であるA県に戻ってきたのだが、どうしても、すぐ職に就く気になれなかったのだ。他にまだやりたいことが見つかりそうな、不安定な気持ちのままでは、中途半端に終わってしまう気がしていたのである。現在、居酒屋のアルバイトをしながら、本当にやりたいことが見つかるのを探しているのだ。

 居酒屋のアルバイトは、A県に戻ってきた時から続けており、何とか生活してはいるのだが、決して裕福とはいえない。ボロボロの安アパートに、衣類なども、長年も着ているものばかりで、流行の服を購入する余裕もなく、到底彼女も出来ないのだ。だからといって、今の生活に不満を感じているわけでもない。お金はあればいいが、なければないなりに、生活出来ればいいという考えである。

 そんな時、黒岩玄蔵なる人物からの招待状に、好奇心だけは人一倍ある陸は、屋敷に行くことを、深くも考えず決意したのであった。


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