雪に埋もれた境界線
 サロンの扉が閉まると、一瞬、候補者達は静かになった。

 陸は残った候補者達の顔を見渡すと、驚いたことに薄笑いを浮かべている者しかいなかった。

 そうか、候補者が一人減るだけで自分が選ばれる確立が高くなるわけだから、一人でも減ればラッキーってことか……。でも高田は明らかに狼狽していたし、あの態度からして実際、偽者だった可能性の方が高いだろうな。


「彼は、本物の高田順平ではなかったということですかねぇ」


 木梨が腕組みをしながら、良く通る声でつぶやいた。


「そうでしょうね。あんなに慌てていたし、お金目当てで他人になりすましたのでしょう」


「きっとそうよ。本物の高田順平さんを殺したのって偽者の高田さんだったりして……怖いわ」


 座間と相馬が興奮しているのか、大きな声で云った。


「あの高田さんなら、お金目当てで、人殺しもしそうだよね〜」


 久代は半分笑いながら怖いことを云う。

 それに頷く一同を見ながら、陸は違うことを思っていた。

 怖いのは高田だけじゃない。ここにいる皆も同じじゃないか……。人間の欲や集団心理から起こる狂気……。人は誰しも生きている間、一度は犯罪者になる一歩手前の、ギリギリのラインに立つことがある。その境界線を踏み越えてしまえば犯罪者になるのだ。それは法律で罰せられることから、罪にならないことまで多数ある。俺だって嘘を吐いたことがないわけじゃない。それも一つの罪になるのだろうから。全て正しく完璧な人間など存在しないのだ。


「ちょっと〜聞いてるの、陸」


 久代が陸の顔を見ながら口を尖らせた。


「ああ。高田さん、本当に帰っちゃったのかな」


 陸がサロンの扉を一瞥し、つぶやくと、木梨が答えた。


「高田さん相当興奮していたからね。明日面接だっていうのにねぇ」


 その言葉を聞いていた一同は、不気味な薄笑いを浮かべた。

< 25 / 95 >

この作品をシェア

pagetop