雪に埋もれた境界線
「皆様、昼食の用意が出来ましたので、食堂へお越し下さいませ」


 陸がサロンの時計を見ると、午前十一時五十五分を示し、磯崎を先頭にぞろぞろと候補者四人は食堂へ向かった。


 食堂の扉を磯崎が開け、「どうぞ」と入るよう促した。
 やはり食堂の入り口にはメイドの鶴岡と半田が立っており、お辞儀をしたので候補者四人はおずおずと、自分の名前が書いてあるプレートの席に着いた。

 候補者達が昼食を食べ始めたのを確認した磯崎は、「どうぞごゆっくり」と甲高い声で云うと、メイド二人を残し食堂を出て行った。


「鶴岡さん。ちょっと訊きたいんだけれども、黒岩玄蔵氏のお顔はどんな感じなんですか?」


 食事中、木梨のコップに水を注ぎに来たメイドの鶴岡に、木梨は突然質問したのである。他の三人も一斉に食べる手を止め、鶴岡に注目した。黒岩玄蔵の顔に興味があるのは、誰しも同じなのだろう。
 しかし、鶴岡は無表情の顔を崩すこともなく答えた。


「旦那様のお顔と訊かれましても、私は旦那様に仕えて八年になりますが、一度も拝見したことはございませんので」


「えぇ! じゃあさ、鶴岡さん達と話す時も、暗い部屋で布越しに話すってこと?」


 久代が素っ頓狂な声で質問した。


「いいえ、そういうわけではございませんが。もう宜しいでしょうか」


 これ以上訊くなと云わんばかりに、少し強い口調で答えた。そして鶴岡は、扉の近くに立っていた半田の隣りに無表情のまま踵を返した。

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