雪に埋もれた境界線
エピローグ
 磯崎が自殺した後、鶴岡、半田、川西は、紛失したと云っていた候補者達の携帯やノートパソコンを出してきた。彼らはうなだれており、力の抜けたようだったが、それでも一人一人に人間らしい表情があった。もはや無表情だった面影はすっかり消え、完全に人間らしさを取り戻していたのである。

 そして陸は、返して貰った携帯電話で警察を呼び、駆けつけた警察に事情を説明した。

 鶴岡、半田、川西、木梨の四人は、自首という形を取らせて貰うよう陸は警察に申し出た。彼等のしたことを決して許したわけではないが、人は生きている限り、償うこともやり直すことも出来るのだから。
 
 磯崎によって屋敷に呼ばれなければ、鶴岡は大学を追われてから看護師として人の命を救うために、今でも働いていただろう。半田も同じく新しい人生を歩んでいたはずだ。梅田と川西に至っては、あれほどの料理の腕前があったのだから、良い料理人になっていたはずだ。そして梅田は死ぬこともなかっただろう。

 一通の招待状によって、呼び出された俺達候補者六人の人生もそうだ。

 木梨はこの屋敷に呼ばれることがなかったら犯罪を犯すことなどなく、今でも平凡に清掃員をやっていたことだろう。

 相馬は生活に不満を持ちながらも、平凡にスーパーで頑張っていたはずだし、座間も色褪せたスーツを着て、平凡な会社員でいれたはずだ。

 久代だってキャバ嬢をし、そこそこの収入を得て暮らしていけただろう。

 偽者の高田だって、隣人の招待状を盗み、成りすますことをしなければ、自ら犯罪に手を染めることも殺されることもなかったんだ。

 そして、実験のために殺された同姓同名の被害者達。何の罪もない彼らの無念さに胸が苦しくなる。後に分かったことだが、彼らのうち二人を轢き逃げした車は、どうやら磯崎の車らしい。そして事故死だと思われていたものは、全て他殺であったのである。

 実験……。実験という名の犯罪だ。人間の欲はとてつもなく果てしない。そしてそれは善と悪の境界線にあり、磯崎の場合、自分でも気付かないうちにその境界線を踏み越えてしまったのだろう。


 雪に埋もれた境界線……それは磯崎には見えなかったのかもしれない。
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