アリスズ

 男が──剣を抜く。

 よく手入れされた、しかし、いくつもの傷を隠せない幅広の剣だ。

 とても重そうだった。

 男の身体にも、たくさんの傷がある。

 相当の修羅場を、くぐってきたのだろう。

 すらりと、菊も定兼を抜く。

 腰の鞘の安定を確認し、両手でしっかりと柄を握った。

 人を、斬ったことなどない。

 しかし。

 それは、真剣で勝負をしたことがない、という意味ではない。

 相手は、父か祖父だった。

 遥か高みにいる二人は、菊に傷ひとつつけずにいなすことなど、造作もなかったのだ。

 山基流剣術。

 それを。

 菊は。

 継ぐはずだった。

 怒りの波動が、二人に向かって襲いかかってくる。

 人の姿をしているが、菊の目には猛る獣にしか見えなかった。

 ズシィン!

 先に、剣を打ち振ったのは、男だった。

 斬るではない。

 骨を砕く。

 横薙ぎにした一閃で、三人ほどまとめて、人の胴の骨を砕ききったのだ。

 刃物の構造そのものが違うのだと、菊は知った。

 知りながら、彼女は定兼を斜めに引く。

 それでいいのだ。

 もう一歩、敵が菊に近づいた直後──その身体は、斜めにずれ落ちた。

 そして菊もまた、一歩何かを踏み越えたことに気づく。

 父上。

 母上。

 お祖父様。

 菊は、むこう側に行きました。

 それを、彼女はしっかりと奥歯で噛みしめる。

 男が。

 菊と定兼を見た。

 しかし、一瞬だけだった。

 怒号の波が、次々と襲いかかってきたからだ。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 ついには。

 数など数えても、何も意味がないことを──菊は悟った。

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