アリスズ

「菊さん!」

 二人が戻ってきた姿を見て、景子は驚いた。

 大きな男の人に、おぶわれて帰ってきたからだ。

 どこか怪我をしたか、それとももっと最悪なことが起きたのか。

 とにかく、二人とも血まみれで。

 無傷なんて、考えられなかったのだ。

 彼女は駆け寄りたかったが、梅を寄りかからせているために、大きく動くことは出来なかった。

 景子が一生懸命伸びをして、男の背中を見ようとするものだから、彼はわざわざ近づいてきて、膝を折って背を彼女の方へと向けてくれた。

 菊は。

「すぅ…すぅ…」

 穏やかに寝息を立てていた。

 ね、寝てる!?

 その事実に、景子は唖然とした。

 戦いで疲れたとか、そういう解釈が出来ないではないのだが、こんな環境でいきなり眠れるなんて。

 どれだけ胆が太いのかと、驚いてしまったのだ。

 となると。

 この環境で、まともに起きている日本人は、自分だけということで。

 さっきまでと、まったく状況が変わっていないことに気づく。

「───」

 大きな男が、背に菊をおぶったまま、子供ならざるもの──アディマに語りかける。

 それに、小さな顎がこくりと頷いた。

 もう一人の男を呼んで、アディマが指示を出す。

 彼は、素早く景子の方へと近づいて来た。

 な、なに!?

 あわあわしている彼女をよそに、彼は梅の身体を景子から引き受けたのだ。

 着物姿の梅を、おぶいにくそうにしつつも、彼はなんとかその背に乗せる。

 ああ、そうか。

 彼らは、移動を開始しようとしているのだ。

 こんなところに、いつまでもいるワケには、いかないのだろう。

 梅と菊をおぶわれてしまっては、景子も一緒に行くしかない。

 それ以前に、行くあてなど何もないのだが。

 立ち上がろうとした彼女の前に、手が差し伸べられる。

 アディマだった。

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