アリスズ

「では、参りましょうか」

 リサーは、朝日を背負いながら、アディマの前で膝をつく。

 都の隣領から、ようやく出立できる日が来たのだ。

 順調に行けば、明日の朝には都に入れるだろう。

 そして、彼は明日──二十歳になるのである。

 ケイコは、元気だろうか。

 出発時と同じ4人で、都への道を歩みながら、アディマは彼女のことを思い出した。

 わずか2日足らずで行ける距離ではあるのに、この半年というもの、ケイコはとても遠かったのだ。

 手紙を書こうとしたのだが、リサーに言われた。

「彼女…字は読めましたっけ」

 この一言で、轟沈だったのだ。

 そう。

 ケイコは、読み書きを覚えていなかった。

 そんなおぼつかない状態で、彼女を都にやってしまったのである。

 父親宛の手紙の中に、ケイコのことを書き記すことしか、アディマに出来ることはない。

 しかし、イデアメリトスの長からの返事は、一切来なかった。

 成人を済ませ、無事帰り着くまでは、完全に無視するつもりなのだろう。

 ケイコは、しっかり者にはとても見えない。

 だが、自分一人で立つ女性でもあった。

 そして──イデアメリトスを、必要としていなかった。

 現在は、リサーの父親を後ろ盾にして、都に留め置いているが、キクも彼女もどこででも生きていけそうなたくましさがある。

 そのたくましさは、アディマを同時に不安にもするのだ。

 いつ、彼の目の前からいなくなってしまっても、おかしくない、と。

 半年。

 本当に長かった。

 彼の手元から離れてしまっている間に、どれほどケイコは変化しているだろうか。

 おそらく、良い変化には違いない。

 だが、変化すればするほど、このイデアメリトスの血を持つアディマであっても、手に負えなくなる気がした。

 しかも。

 都へ戻れば、祭りが始まってしまう。

 アディマはしばらくの間、山ほどの行事で忙殺されることだろう。

 都に向かって歩いているというのに──まったく、ケイコに近づく感じがしなかった。
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