アリスズ

「室長…具合悪そうなんだけど」

 ついに我慢が出来なくなって、景子はネイディに話を振ってみた。

「え?」

 彼は驚いたように、上司の方を見る。

 しばらく、じーっと見ていた後、景子の方を向き直り。

「そうかぁ?」

 ネイディには、いつもと同じ上司に見えるのだろう。

 顔色が悪いのは、今日に始まったことではないのだから。

 さっきよりも、光がはぜては消える回数が増えてきているように思えて、景子はどきどきした。

 光が完全に消えるのは、すなわち命が終わってしまうことではないか、と。

 彼女は、そーっと席を立った。

「お…おい!」

 小さく小さく殺した声で、ネイディは景子を止めようとする。

 けれども、彼女はこそこそと上司のところまで近づいたのだ。

「失礼しまーす…」

 小さい小さい声で、景子は後ろから彼に声をかけた。

 気づいていないようで、室長はまったく反応しない。

 彼女は、そーっと手を伸ばした。

 その部屋の空気が、一瞬だけ完全に止まった。

 ネイディを含む職員皆が、景子の行動に驚いたのだ。

 彼女は、座って仕事をする室長の後ろから手を伸ばし──その額にいきなり触ったのである。

 ジュウッ!

 勿論、そんな音はしなかった。

 しかし、驚くほど高い熱なのは間違いなかった。

「何をしているのかね」

 熱とは真反対の冷たい上司の声が、響き渡る。

「だ、誰か室長を家に送ってあげて!」

 景子は、彼の意見など聞いていなかった。

 このままでは、職場で昇天しかねないと思ったのだ。

 しかし。

 彼女の声に、誰一人動こうとしない。

 室長がいつもの態度を続けている限り、景子の言葉には信憑性がないのだろう。

「あなたは病気です! 高熱です! 死にかけてます! 違うというのなら椅子から立ってみてください!」

 ああもう。

 どうしてこう、男は仕事が絡むと頑固なのか。

 景子の記憶の中に、つらいものがよみがえった。

 OL時代、景子は過労死に直面したことがあったのだ。

 その時も、上司で。

 異変に気付いていながら──彼女は、止められなかった。
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