アリスズ

「あ、ダイ」

 図体の大きな彼を、菊は見逃さなかった。

 彼は、ちょうどあてがわれている自分の部屋へ、入ろうとしているところで。

「ちょっと、お邪魔していいか?」

 言いながらも、菊はあっさりとダイの部屋へと入りこむ。

 彼は、相変わらずだなとでも言いたげに苦笑しているが、菊を拒むことはなかった。

 それが、心地よい。

 戦うという意味では同じ面にいるが、立場や感覚は遠い面にある。

 遠い面にありながら、拒まれないというのは──こんなに心地よいものか。

「昨日…屋敷へ誘ってくれてありがとう。おかげで、トーを御曹司の前に引っ張り出せた」

 この結果のきっかけは、ダイが作ってくれた。

 いや。

 彼だからこそ、作りえたものだ。

 御曹司の部下でありながら、菊という人間を信じてくれたおかげである。

 忠誠と、他勢力への信頼は相反する。

 命の奪り合いが起きていても、おかしくはなかった。

 それを、ぎりぎりのところで、ダイはつなぎとめる役割を果たしたのだ。

「……あまり無茶をするな」

 返事は、ため息だった。

 次は、こうはいかない。

 次こそ、斬り合うことになるぞと、そう言いたいのだ。

「あははは…でも、もしダイと斬り合うことになったら、それはそれで光栄だと思ってるよ」

 正真正銘、自分が漢と認めた男と戦える。

 それは、戦う者にとっては幸福なことではないか。

 ダイは、更に深いため息をついた。

 そんな彼が、菊の方へと近づいてくる。

「馬鹿にする意味でもない、蔑んでいる意味でもない」

 何故か、ダイが不思議な前置きをした。

 何を言おうとしているのか。

 菊は、計りかねて視線を上へと向ける。

「お前は女だ…」

 ダイの言葉に、彼女は微かに首を傾けた。

 何故、そんな当たり前のことを言うのか──と。
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