アリスズ

 テイタッドレック卿の子息は──きっと、ウメのことが好きなのだ。

 昔ならば、彼も無茶をしただろう。

 しかし、いまの彼は、何もウメに要求はしなかった。

 だからこそ、余計に本気なのだと、エンチェルクは気づいたのだ。

 彼女の脳みそでも、分かることはある。

 この二人が、結ばれることは、とても難しいことなのだろう、と。

 第一に、ウメは都で暮らすことに決めたのだ。

 一方、子息はそう遠くなく、領地に帰らなければならない。

 彼は、領主になるのだから。

 そして。

 ウメの身体。

 彼女は、とても身体が弱い。

 特に、息を吸ったり吐いたりすることが、人よりも弱いのだ。

 そんな身で、子を産めるのか。

 エンチェルクは、他の使用人の出産に立ち会ったことがあった。

 あの猛烈な痛みの中、繰り返される速い呼吸に、ウメの身体が耐えられるのか。

 おそらく──無理なのだ。

 子息の跡継ぎを産めない。

 もしくは、命と引き換えにしか産めない。

 そんな危険な結婚を、エンチェルクは認められなかった。

 だから、せめて。

 せめて、彼女を守れるようにと、エンチェルクはキクに弟子入りしたのだ。

 いまの自分では、知能的にも余り役に立たず、肉体的にも盾程度にしかならないのだから。

 心酔する人の、剣になりたかった。

 盾など、一度で使い捨てだ。

 それでは、今後彼女を守るものがいなくなってしまう。

 剣ならば。

 自分が、相手を討ち果たせるならば、一生ウメに仕えられるではないか。

 だから、エンチェルクは必死に木剣を振ることにしたのだ。

 両手のマメが、何回つぶれたとしても。

 たとえヤイクに、この手のことであざ笑われたとしても。

 エンチェルクは、自分が出来ることを、とにかく一生懸命やるしかないのだ。

 ウメという──宝のために。
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