アリスズ
△
「……」

 朝の稽古が終わり家に戻ると、梅が倒れ伏していた。

 勿論、寝台の上で、だ。

 ぐったり。

 景子と違い、梅は随分とおなかの中の子供に苦しめられているようだ。

 エンチェルクが、その周囲を甲斐甲斐しく動いている。

 アルテンが帰って一ヶ月ほどしてから、こんな風に頻繁に寝込んでいた。

『安定期に入れば、きっと楽になるわ』

 そう梅は言っていたが、いつ安定期に入るのかなど、菊が知る由もない。

 そんな時。

 人の気配を感じて、彼女はふっと視線を外へと向けた。

 門下生の一人だった。

「先生のところの荷があったので、預かってきました」

 手紙だ。

 分厚いそれを、菊は受け取ったが、彼女はここの文字を学んでいない。

 しゃべれはするが、書けないのだ。

「ウメさんに、ですよ」

 補足され、了解と苦笑する。

 文字が読めないということは、奇妙な感じがした。

 実際、こちらにきてから文字を書く必要が、なかったのだ。

 こうして手紙を目の当たりにすると、まったく文字を理解できないことを、もどかしくも感じる。

 菊は、具合の悪い姉妹へと、手紙を差し出した。

 ぐったりとした目に、生気が輝く。

「一ヶ月半…往復で二ヶ月かからなかったのね…上出来だわ」

 手紙を、胸にかき抱く。

「起きるわ…読まなきゃ」

「私が、お読みしますから」

 突然動き出す梅に、エンチェルクが慌てて手紙を奪い取る。

「ああ…イエンタラスー夫人から…ちゃんと届いたんですね」

 差出人を見て、彼女の顔もぱっと明るくなった。

「ええ、ええ…エンチェルク…ちゃんと届いたし、ちゃんと帰ってきたわ」

 苦しげながらに嬉しそうな声に、菊はうっすらと笑っていた。

 どんな薬よりも、よく効く手紙が来たようだ。
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