アリスズ
△
 さて。

 菊は、ひとつ悩まなければならなかった。

 トーの残した言葉が、彼女を思考の泉に投げ落としたのである。

 と言っても、子供の話ではない。

 トーが、なぜこのタイミングで、彼女の家を訪ねてきたのか。

 何気なく聞いたら、意外な答えが帰ってきたのだ。

 文が届いた、と。

 ある日、兵士がトーを追ってきて、たった一行の文を届けたと言うのだ。

『姉妹に会われたし』

 ん?

 微妙な心当たりに、菊はあの門下生を捕まえた。

 お前が追い掛けたのは、白い髪の男か、と。

 否定は、しなかった。

 職務なのでと、素直に答えはしなかったが、否定もまたなかったのだ。

 まいったな。

 あの男が。

 ダイが、酔った彼女の言葉を、真正面から受け止めたのだ。

 そして、部下もろとも、仲良く減給という有様。

 さて。

 社会的な恩は、梅が子供を産んでもなお無事であったなら、彼女が返すだろう。

 では、菊はどうすればよいのか。

 彼女は、何も持ってはいなかった。

 金もなければ、職もない。

 いわゆる、梅のヒモ。

 いままでは、なにもなくても、困らなかった。

 だが、いざ誰かに礼をしたいと思った時。

 菊には、命ひとつと刀一振りしかなかったのだ。

 そして、あの男は誰かに守られる必要もない。

 十分に、強いからだ。

 命か、刀か。

 その選択肢を、菊が深く悩むことはなかった。

 簡単だった。

 ダイは──どちらも欲しがらない。
< 484 / 511 >

この作品をシェア

pagetop