たとえばあなたが



木村家殺害事件翌年の、1990年冬。

静岡県浜松市の町外れで、真っ黒に焼かれた死体が発見された。

焦げたドラム缶にうずくまる格好で入っており、性別もわからないほど炭のようになっていた。

遺体には、指紋はおろか、毛髪1本たりとも残っておらず、頼みの綱だった歯の治療跡も、故意につぶされていた。



身元の判別には時間がかかりそうだ…―



地元警察がそう覚悟を決めたとき、現場付近から、ビリビリに破られた紙切れが複数枚、見つかった。

つなぎ合わせてみると、それは顔写真つきの社員証だった。

とぎれとぎれの会社名の下に、はっきりと【松田聡】という記載が読み取れた。



会社の所在地が東京だとわかると、中西の先輩である鈴木刑事のもとに、すぐに情報が入った。



―…あのときの衝撃を、中西は生涯、忘れることはないだろう。



受話器を置いて、ゆっくりと視線を自分に向けたときの鈴木の目を、今でもはっきり思い出せる。



『…どうしたんすか、鈴木さん』



中西が声をかけても、鈴木はただ中西の目を見つめるだけで、何も言わなかった。




< 260 / 446 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop