たとえばあなたが



雨に濡れた髪が顔にまとわりつき、目の周りは化粧が取れて真っ黒で、不自然なほど赤い口紅で縁取られた口は半開きだった。

その気味の悪ささえ感じさせる顔が、まっすぐに小山を見ている。

小山は、その顔から目を逸らせなかった。



けれど、どれだけ見てもやはり知らないとしか言いようがない。

第一こんな顔、一度会ったら忘れるほうが至難の業だ。



無言で見つめ合うふたりと、それを見守る崇文に、行き交う人々が好奇の眼差しを向けて通り過ぎて行く。

小山が差し出した傘はふたりの雨を避けるには小さすぎて、すぐに小山の背中も濡れてしまった。



そして…―

3人を包んでいた沈黙を破ったのは、女性だった。

聞き取るのがやっとなほどの、あまりにも小さな声。

けれどその言葉は、はっきりと小山の耳に届いた。



「……さとし、さん……」



小山の体が硬直し、その手から滑り落ちた傘がバサッと音を立てて転がった。








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