王国ファンタジア【氷炎の民】ドラゴン討伐編
「そんな綺麗なんですもの、絶対切ったらダメです。もったいないです」

 両手を握り締めて力説するサハナにサレンスは小さく笑った。

「この髪を最後に切ってくれた人は亡くなってしまったんだ。もう二年になる。だから、そろそろ頃合かなと思ったんだが」

 どこか遠くを見るような凍青のまなざしに寂しげな翳りが落ちるのを見て、サハナは思わず尋ねる。

「その方、サレンスさんの大事な方だったんですか?」
「大事な? まあ、大事なと言えば、大事だったんだろうな。人使いの荒い、体だけは大きな男だったが」
「男? サレンスさんって、男が好きな人なんですか?」

 サハナの言葉にサレンスは眼を丸くした。そして噴き出す。
 ひとしきり笑った後、憮然とした表情のサハナに気づく。

「笑って悪かったよ。だが、君はほんとうに可愛い。私はどちらかというと君のような可愛い女の子が好きだ」
「え?」

 まるで愛の告白とでも取れそうな言葉をあっさりと言われて、恋愛経験のほとんどないサハナは顔を赤らめたまま固まった。
 しかし、サレンスの注意はすでに遠くに向けられ、彼女の様子に気づいた風はない。

「あっ、そろそろ、君いわく私の大事な人の小さい版がやってきそうだ」

 遠く彼を呼ぶ声が聞こえる。まだ幼い少年と思しき声。

「サレンス様、どこですか~!」

 銀の髪の若者は軽やかに身を翻す。

「見つかる前に退散したほうがよさそうだ。また会おう。可愛いお嬢さん」

 その場を立ち去るサレンスを護るかのように白銀の狼が付き従った。
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