その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「……そう、だっけ?」

「はい」


 苦笑交じりにとぼけた私の強張った表情とは全然別物の、それはそれは整った笑顔。一瞬挟めた嘲笑に幸か不幸か気づいてしまった私は、一方的に腕を掴まれる。


「早く、靴取ってください。行きますよ?」

「だからどこに!」


 人の話を聞くという能が無いのか。それとも日本語が通じていない?蓄積する一方の疲労を一言に込めるように声を荒げれば、殊の外呆気なく返事が返ってきてしまった。


「無難に喫茶店とか、どうですか?」


 非の打ち所のない笑顔、きっと他の子なら断るなんて選択肢、浮かべることもなかっただろう。


「無理。帰る」


 断固として行くつもりはない。強い意思を込めて放った言葉だったのに。


「…先輩?」


 喩えるなら子犬、まるで自分が弱者でもあるかのような表情で、彼は私を見つめる。え、何この空気。何で私が悪者みたいになってるの。

 今までのやり取りを全て見ている人なら、贔屓目に見なければ確実に彼が悪い。しかしこの場しか知らない通行人があれば、きっと私が悪者に映るのだろう。


「は、はぁ…」


 かくして私は、学校の近所の喫茶店に強制連行されたのであった。

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