その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 ―――手首を掴まれ、身体を引き寄せられる。未沙といいこの男といい、どうして何かとこんなに、私の扱いが雑なんだ。

 いや、違う。今はそんなことを考えている時ではなく。


「……え!?」

「反応遅くないですか」


 いつの間に私の後ろを取っていた。何を寝ぼけたことを言っているのだろう。


「おはようございます」


 甘くも爽やかな笑みが、哀しい程に胡散臭い。これが目にも留まらなかった私の日常を、今すぐ返してほしい。

 そして、一つ思うところとして、星丘 惺は激しすぎるように思う。腕を引っ張るわ手首を掴むわ手を繋ぐわ、しまいにはこれだ。誰が許可したというのだ。


「……凛呼先輩?」


 その表情を一切崩さずに、私の名前を呼んだ。かなり身体が密着していて、ちゃんと振り返って見ることも出来ない近さ。


「は、は、……」


 ま、待とう。近い。少し、少しでいいから離れて、その――…



「放してぇぇぇ!!!」



 あまりの混乱で、思考回路が爆発したのかもしれない。きっとこの瞬間が、一番注目を浴びたことだろう。


「り、り、凛呼ぉー!?」


 窮地に追い込まれた私は、この状況と場の空気に耐えることが出来ず、学校までの道を走り出した。恐らく体育の五十メートル走なんて、比にならない速度と必死さで。

 未沙、ごめん。身代わりにするつもりはないから、許してほしい。


 暫くして、上半身の前進に脚の回転がついて行かなくなり、見事に転んでしまった。ただ、このことを恥ずかしいと思ったのも、学校に着いて落ち着いてからだったりする。

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