月花の祈り-宗久シリーズ小咄3-
川の真ん中へと歩を進める貴志君の背に、先輩が忠告をした瞬間だ。


突然、貴志君の身体が穴に落ちた様に視界から消えた。


深さがある川底にはまったのだ。


『貴志!!』


流れに足を取られながら、貴志君へと近付く先輩。

その視界には、川面に浮き沈みする貴志君の手。



『貴志!貴志!』



貴志君の手を掴もうと、水を掻き分ける先輩の手。

その手が、貴志君の手を掴む。



しかし、先輩が力いっぱい引き上げたのは、貴志君が着けていた手袋だったのだ。



『……貴…貴志……貴志…返事をしろ…今…助けるからな…』



呟きながら、貴志君がはまった川底へと歩を進める先輩を、近くに居た数人の釣り人が止める。



『貴志!貴志!!』


掴んだ手袋を握りしめ、貴志君を呼びながら釣り人の腕を振り払おうともがく先輩。



叫ぶ声は掠れ、川の音に掻き消されていく。






なぜ…どうして…。

なぜ貴志が…。

俺がちゃんと手を掴んでやれば…引き戻してやれば…。




深い後悔が、先輩の手から流れ込んできた。


僕は、掛ける言葉が無かった。

いや…言葉は無意味だったろう。
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