心臓に悪い料理店

「あ、スティーブン先輩! 違うんですか?」

好青年の爽やかな笑顔でダニエルは、厨房を覗いた。
肉の出汁(だし)のいい香りが厨房中に漂っている。

「当たり前だろ。そんなことで逃げるんなら他の店でもそうだろうが」

当たり前のことを言い、スティーブンと呼ばれた二十代半ばの店員は、片手に包丁、もう片手にナイフを持った。
それで何をするのだろうかと思いながら、ダニエルはスティーブンを見た。
と、その時。本日最初の客がやって来た。
自動ドアが開く音を耳にし、ダニエルは素早い動きで厨房を出る。
明るい笑顔でダニエルは客に大きな声で挨拶をした。

「いらっしゃいませーっ! 一名様ですね! どうぞ、こちらへっ!」

若い女性客一人をテーブルに案内し、注文を聞いたダニエルは嬉々とした顔で厨房に注文を伝える。
五分後、注文の品が出来上がったという声が厨房から聞こえ、すぐさまダニエルが取りに向かう。
女性客が注文した物を運ぼうとした時、ダニエルは店長に呼ばれた。

「店長、すぐ行きまーす! あ、スティーブン先輩! すみません、これをお客様に渡して下さい」

はい、と注文した物を渡し、ダニエルはパタパタと走っていった。



「あ、おい、こら! ダニエル、俺に渡すな! ……って、聞いてねぇーし! ったく」

ぶつぶつと言いながら、スティーブンはトレイに注文した物を置き、ズカズカと歩きながら厨房を出た。
女性客が座っているテーブルに近くで立ち止まり、スティーブンは咳払いを一つする。
深呼吸を何度か繰り返し、気合いを入れるように空いた手で握り拳を作った。



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