それでも君と、はじめての恋を


「もう濡れちゃったし、そろそろ帰ってくるかなーって。今帰り?」

「えぇ? うん、今帰ってきたとこだけど……って、いいから早くうち入りなよ! 風邪引くって!」


カシャン、と門扉を開けて濡れた背中を押すと、葵は「大丈夫だよ」と言いながら玄関へ向かった。


「もー、すっごいビックリした。あたしも葵に電話しようと思ってたからさ。そしたら着信あって、家の前にいるんだもん」

「ああ……もしかして電車乗ってた?」

「うん。ただいまーっ!」


玄関を開けると、リビングから「おかえりー」とお母さんの声。


「おかーさんっ! 葵ちょっと待ってて! お母さんっお風呂今誰か入ってる!?」


足音荒く廊下を進んでリビングへ入ると、何事かとテレビを見ていたお母さんが視線をよこす。


「入ってないわよ。何? もう入るの?」

「違う、今葵が来てんの! 通り雨ですっごい濡れちゃってて……じゃあお風呂使ってもらうから!」

「アンタも浴衣汚す前に着替えなさいよっ」


お母さんの声を背にもう一度廊下へ出て、お風呂場へ向かうと棚からふかふかのバスタオルを取り出した。


着替えはあたしのを貸すとして、換えの下着どうしよっかな。入ってもらってる間に洗って乾燥機に突っ込めばいいか。……葵って長風呂派だったっけ?


「葵ーっ! 上がっていいよ! とりあえず今着替え持ってくるから」


ペタペタと小股で廊下を走って、持ってきたタオルを葵に差しだす。けれど葵はタオルを受け取っても、廊下に突っ立ったまま動かない。


「――……葵?」


そこであたしは初めて、葵の異変に気付くんだ。

ずぶ濡れの姿にただ驚いて、早くお風呂にいれなければと焦るだけで、ずっと気付かなかった。


力なく微笑む葵に胸がザワリと騒いで、目に涙を浮かべた葵があたしから目を逸らして、やっと気付く。


どうしたの?

そう聞く前に、タオルに顔を埋めた葵が言った。


「――浮気されてた」


くぐもった、震える声で。


「七尋が、半年前から……」


目を見開くあたしを見ることもなく。


「浮気してたんだ」



とてもとても小さな葵の声は、まるで突然降り出したにわか雨のよう。


いつ止むのかさえ分からず、晴れていたのに、と。


ただ驚き騒ぐことしかできない、にわか雨のようだった。


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