それでも君と、はじめての恋を
「あ、うん。今日そのまま葵の家に泊まるつもりで。その荷物と、これはケーキ」
「持つ」
「え!? え、いいよっ! 重いから……っ!」
そう言ってる間にモモはあたしの手から大きめのバッグとケーキが入った箱を奪ってしまう。おかげで両手が空いてしまったあたしは、右肩にバッグ、右手にケーキの箱を持つモモをポカンと見上げた。
これじゃあモモと手が繋げる……なんて脳内をお花畑にしていると、モモが葵とヨッシーと久坂さんがいる方向へ目を向けた。
――忘れてた!
「あ、っと……キッチンスタッフの先輩! 右がヨッシーで、左が、久坂さん」
紹介すると、立ち止まっていたふたりはぺこりと軽く頭を下げてくれた。その表情は見て分かる程度に強張っていたけれど、ふたりの心境は痛いほどに伝わる。
「えっと、それで、彼氏のモモ、イくんです! 優しいです!」
「ぶはっ!」と葵が吹き出したけれど、他に何て言えばいいか分からない。モモですら何だそれって顔をしてあたしを見下ろしたあと、再び久坂さんとヨッシーに視線を移した。
「……どうも」
挨拶をしたモモの声はいつもより低くて、無愛想さをより引き立たせている。これじゃあ優しいなんて嘘だと思われそうだけど、硬直している久坂さんとヨッシーに掛ける言葉は見つからなかった。
なぜか、モモの声が久坂さんにヤキモチを妬いた時の声と被って、モモの視線が久坂さんにだけ注がれているような気がしたから。
威圧感を含むモモの視線は今、敵視なんてものまで混じっているのかもしれない……なんて。
パチッと何かが弾けたようにモモと目が合ったかと思うと、次の瞬間手を攫われて強く引かれた。
「じゃ……失礼します」
「――……」
「またあとでねー」
そんなモモと葵の声が聞こえたと思ったら、あたしの体よりも先に繋がれた手が前に出る。
反射的に踏み出した一歩は次々と歩数を増やして、モモの背中はあたしをこの場から遠ざけるように真っ直ぐ歩き続けた。
……なんて言うか、もう、たまらない。
戸惑いと嬉しさが同じくらい浮かんで、混じって、形容しがたい気持ちがジワリジワリと胸の奥で拡がる。
扱いきれない感情が心拍数を上げたかと思えば、やんわりと頬を赤に染め上げたり、息苦しささえ感じるのに唇はきゅっと波打つように結ばれた。
もう余裕なんて僅かもないほどに、目の前の人でいっぱいになる。
それなのに、もっともっと一片の隙間もなく彼で心を満たしたくなるあたしは、どれだけ欲張りなんだろう。