グレスト王国物語
秋の冷たくなった空気が、小さな庭を駆けて行く。

イヴァの頬は、風に撫でられてほんのりと桃色に染まっていた。

東の空が、ほんのりと白み始めている。

夜明けが、近い。

「今までありがとう。…ずっと好きだったよ。」

リヴェルは言った。

一瞬、彼女がひゅうと息を飲み込んだのが分かった。

時が、止まる。

動くものは何一つ、ない。

「…お前、やはり馬鹿だな。」

全く刺のない言葉だった。

互いに、それが本心からの侮蔑でないことは、分かり切っていた。

「お前が私を好いたところでな、どうしようもない。

いくら弱くなろうが私は女神、お前は人間。もはや本質的に違う生き物だ。

それにな…あれを見ろ。」

すっ…と彼女が指差す先には赤い月。

夜空にできた切り傷のようなそれは、西の空に傾きかけていたが、依然として圧倒的な存在感を醸していた。

「あの月が満ちればその3日後、世界はリセットされる。私も、お前も…皆、死ぬんだ。」

イヴァは思考が暗く沈んで行くのを感じた。

だが、リヴェルはなおも穏やかな調子で続ける。

「うん。それは知ってるよ。

だけど、もし世界がリセットされなければ、女神の任期満了で君は人間に戻れるんだろ?」

「ああ、そうだ。だがな、その時私は百歳なぞ軽く過ぎた婆だ。

添い遂げたいなどとは考えん方が良いぞ。

それに、私は男が嫌いだ。」

鼻で笑ってやる。

すると、リヴェルは驚くほど顔を曇らせた。

「大丈夫…そんなに多くは望まないよ。君に知ってもらえた…それだけで、僕は十分。」

だけど、おばあちゃんになったイヴァも可愛いだろうから、また会いに来るよ。

「じゃあ、元気で。それと……」

本当に、ごめん。

今にも泣き出しそうな声。

悲しく微笑むと、リヴェルはすぐにイヴァの視界の端から消えて行った。

「…馬鹿野郎。」

吐きだされた呟きは、酷く震えていた。

リヴェル、お前一体、何をしようとしている…?
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