天使の羽衣

プロローグ

人、人、人…。

時刻は夜。都内を走る各駅停車の列車の車内は、人であふれかえっていた。

俺は無意識に車内から顔をそらし、窓の外へと目をやった。

しかし外は闇。
ガラスに反射した表情のない中年の顔が、時おり横切るビルの明かりにかき消され、そしてまた現れる。

加齢臭の混じった特有の匂いに、気が遠くなった。

見渡す限りの中年のサラリーマン、彼らはまるで命を吸い取られたように生気がない。

うつむいたまま、かすんだ瞳で中空を眺め、何を考えているのかさっぱり分からない。

車内は妙に静まりかえり、学生服を着た青年のイヤホンから漏れるロック調の音楽が、ただ響いていた。

ふと視線を落とすと、俺の足元に男の顔があった。
「疲れ」という言葉を絵に描いたような顔。

床に座り込み、魔法をかけられたように、口を大きく開き眠る彼は、座席を確保できなかった不幸な男だった。