渇望
「何かさ、俺、こういうとこで普通にケーキ食べてるだけで、それなりに幸せだとか思うんだよね。」


少し悲しげに視線を落とし、彼は言う。



「俺ね、昔は設計士になりたくて。
でもさ、親父が死んで、全部の歯車が狂っちゃって。」


アキトの、それが“普通”の横顔なのかもしれない。


誰かへの復讐心を腹に隠し、嘘臭くも貼り付けた笑顔ではない彼の、呟きだった。



「お父さんのこと、好きだったんだ?」


問うと、アキトは窓の外へと視線を滑らせた。



「今は憎んでる、かな。」


どうしてそんなことを、あたしに言うのだろう。


と、いうか、そんなに辛そうな顔で憎んでる、と言わせるなんて、一体何があったのか。


でも言葉には出来なかった。



「アンタってさ、冷たくて怖い人なんだと思ってたけど、そうでもないんだね。」


思わず口元を緩めてしまったあたしに、アキトは目を丸くした。



「そんなこと初めて言われたよ。
俺、これでも一応、優しいアキトくんって言われてんのに。」


「誰にでも優しいのは、広く浅く社交的にしてるからでしょ?
それってつまり、誰にも興味無いってことと同じなんじゃない?」


「すごいね、百合は。」


彼は諦めたように笑う。


どこか瑠衣と似た雰囲気で、だからあたしは嫌いになりきれないのかもしれない。


甘い香りの似合う男という顔だ。

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