渇望
瑠衣はきっと、あたしが今、アキトと一緒にいることを知らないだろう。


右手の小指に嵌めた指輪をいじりながら、あたしは物思いにため息を混じらせた。



「ねぇ、アキトはカノジョとかいんの?」


「いたら瑠衣の女とケーキ食べないっしょ。」


あたしは瑠衣の女ではない。


けれど、そこに突っ込むのは無視で、ふうん、とだけ返した。



「俺さ、特定の女とか作らない主義だから。」


「あらら、勿体ない。」


適当に返したのに、



「まぁ、百合なら良いけどね。」


可愛い顔で笑った彼を前に、あたしは曖昧に口元を緩めた。


この男がオーシャンにいたら、きっと流星なんか目じゃなくらい、不動のナンバーワンになれるだろうに、と心底思う。



「瑠衣に先越されちゃって残念。」


今度はまた、貼り付けたような笑顔に戻ってしまう。


何だか昨日から口説かれっ放しな気がするけれど、どうしたものかと思ってしまう。


まぁ、どうせ本気じゃないんだろうし、とあたしは、無視して苦い味のコーヒーを口に含んだ。



「残念ながら、あたしもカレシなんか作らない主義なのよ。」


「それは手厳しい。」


彼はそう、肩をすくめて笑った。


信用なんて出来ないけれど、でも悪い人ではないのだろう。


それが、あたしがアキトに対し、初めて心を許した瞬間だったのかもしれないと、今では思う。

< 119 / 394 >

この作品をシェア

pagetop