渇望
アキトは意外にも、あたしがホテヘル嬢であることを知っていた。


と、いうか、何度もホテルから出てくるところを目撃していて、だけど「そういう小さいことは気にしないで良くない?」の言葉に救われたのかもしれない。


緒方さんの組がバックにいるクリスタルという店で、詩音さんという人の下で働いていたこと。


そしてその詩音さんが“祥子さん”本人であったこと。


たどたどしくも事の成り行きを話して聞かせるあたしの言葉に、アキトはどんな思いで耳を傾けていたことか。



「んで、百合はそのまま逃げちゃったわけだ?」


頷けば、幾分冷静になった頭に虚しさが襲ってきた。


彼はテーブルの上で煙草をとんとんとし、



「なのに瑠衣は、追いかけてもこなかった、って?」


そうはっきりと言葉にされるのもまた、悲しい話だけれど。



「つまりさ、あの男は百合じゃないヤツを選んだってことだろ。」


わかってたのに、最初から。


あたし達の関係に意味がないことも、決して一番にはなれないことも。


カキン、とアキトのジッポが鳴る。



「だから言ったのに、あんなヤツはやめとけ、って。」


言葉が出なくて困ってしまう。


きっとこれは失恋という言葉には当てはまらないのだろうし、あたしは怒られた子供のようだとも思う。


喪失感ばかりに支配され、右手の小指に輝くものだけが、無意味にその存在を主張していた。


ただ、瑠衣への気持ちがもう、わからない。


例えばそれは、自分の主柱を失ったような感覚と似ているのかもしれないけれど。

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