渇望
「…あの人、って?」


瞬間に怪訝な顔をした彼女を前に、言った自分自身の方が驚いていた。


あぁ、そうだ、あたしだって結局は、詩音さんの身代わりでしかないんだ。


なのに、単に子供が出来てしまっただけ。


もしもそれがこのアミさんでも、きっと瑠衣はあたしに言ったことと同じ言葉を掛けていたに違いない。


そう思った時には、全身から血の気がなくなっていく。


なのに逆に今度は彼女の方が、そんなあたしの体を揺らした。



「どういうこと?」


脳まで揺さぶられるほどに、力が入らない。



「瑠衣は一体誰を見てるのよ!」


あたしでもアンタでもない人だよ。


そう言い掛けたのに、上手く言葉には出来なかった。


と、いうより、揺すられてバランスを崩した拍子にヒールの所為でよろめき、気付けば後ろに倒れるようにしてあたしは、尻もちをついていたのだ。



「…あっ…」


衝撃の次は、腹部を襲った鈍い痛み。


地面についた手からは擦り切れたのか血が出てきて、何が何なのかわからず、パニックに陥りそうだ。


アミさんは心底驚いたような顔してあたしを見た瞬間、焦ったようにきびすを返した。



「百合?!」


彼女と入れ替わるように今度は、頭の上から男の声がした。


街灯に照らされた逆光で彼がどんな顔をしているのかはわからないけれど、何だよこれ、救急車、と、そればかりが繰り返されていた。


その腕に抱かれた瞬間、意識が遠くなっていく。









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