渇望
数少ないけれど、全ての荷物を運び出し、部屋の鍵だけを返すように机の上に置いた時、あたし達の本当の意味での別れが過ぎた。


瑠衣と会うことはなかった。


それから数日後、この街から一組の男女が姿を消したのだという。


彼は詩音さんを連れ、どこか遠くへ行ったのだろう。








かつてこの街には、クリスタルというホテル・ヘルスの店があった。


オーシャンというこの街で一番有名なホストクラブでは、栄光と挫折、それぞれを味わう人がいた。


抱えきれない弱さに押し負け、クスリに逃げた人もいたね。


それぞれに、金を稼ぐ理由があった。


けれどそれは、繁栄と衰退を繰り返すこの街の歴史の一部分。


消えたネオンの代わりに輝くのは、やっぱりネオンの色で、それはきっと何ひとつ変わることはないのだと思う。


あたし達は、この街で生きていました。


出会いも別れも数えきれないほどにあった中で、人はそれを奇跡と呼ぶのだろうか。


決して胸を張れる生き方ではない。


それでもあたしはこの場所で、大切なことを知りました。







帰ろう、故郷へ。

命と向き合うべき場所へ。










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