渇望
「おかえり。」


その言葉にも、大した意味はないのかもしれない。


なのに彼はそれには答えず、視線を窓の外へと滑らせる。


瑠衣は部屋の電気をつけるでもなく煙草を咥え、吐き出された白灰色が宙を漂う。



「お前さ、アキトと会ったんだって?」


「…だから?」


「何話したか知らねぇけど、アイツのことはあんま信用しねぇ方が良いよ。
どうせろくでもねぇことばっか考えてるヤツだから。」


互いに同じような忠告をしてくれる。



「アキトのこと、嫌いなの?」


嫌いだよ、と彼は言う。


まるで吐き捨てるように言った後、瑠衣は悲しそうに視線を落とした。



「大っ嫌いだけどさ、俺ら何で一緒にいるんだろうな。」


真っ暗闇の中で、彼の瞳が僅かに揺れた。


まるで独り言のように呟かれた言葉は、沈黙に溶ける。


あたしは瑠衣の煙草を摘み取り、肺に入れた煙を吐き出した。



「人の心なんて見えない方が良いって言うけど、きっとその通りなんだろうね。」


月はやっぱり今も、霞んで見える。


嘘や欺瞞ばかり照らしているからこそ、綺麗に輝けないのかもしれない。


こんな時間でも眠らない街は、どこにも本当のものなんてないんじゃないかと思う。


だからあたし達は、寄り添っていたのだろうけど。

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