渇望
「ねぇ、あたしそろそろ帰るわ。」


香織はすでに出来上がっているし、放っといても流星が連れて帰るだろう。


なのでジュンに耳打ちすると、彼ははいはい、と言うだけ。


本当に、客だなんて思われていないらしいが。



「百合、もう帰んのー?」


あまりろれつが回っていない彼女が聞いてきた。



「アンタ実は男いるでしょー?」


「…いないし、別に。」


と、返したのだが、ジュンは驚いたように「男?!」と聞き返してくる。


さすがは女同士、内緒にしていても伝わるものがあるのかもしれない。


余計なこと言いやがって、とあたしは、香織を小さく睨んでしまうが。



「お前、カレシでも出来たわけ?!」


彼はお構いなしに聞き、



「百合、最近怪しいもーん。」


香織は代わりに、ケラケラと笑いながら答えた。


ジュンは聞いてねぇー、なんて言いながら口を尖らせ、あたしは痛むこめかみを押さえてしまう。


否定しているあたしの言葉には誰も耳を傾けず、これだから誰かに知られるのなんて嫌だったのに、と心底思う。



「もう帰るって言ったでしょ!」


そう言って、強引にチェックを済ませて店を出た。


どうして人は、そういう話にばかり敏感に反応したがるのだろう。


秋の夜風は冷たいばかりで嫌になる。

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