渇望
その声色は、ひどく心地の良いものだった。



「だからさ、あんま悲しくなるようなこと言うなよ。」


涙が伝ったことに意味はなくて、でも気付けばそれは、頬を濡らしていた。


例えばそれが気休めなだけの台詞だったとしても、確かにあたしは救われていたのかもしれない。


この街で、初めて流した涙だった。



「これ、痛いの?」


そっと触れた彼の古傷。


指の先を這わせると、瑠衣は静かにかぶりを振った。



「気持ち悪くない?」


「どうして?」


「だって刺し傷だぜ、これ。」


驚いて見上げた彼の顔は、やっぱり悲しそうな色を帯びていた。


だから聞くべきではなかったと、今更思ってしまった。


明け方も近く、染まる空に、あたし達の夜は抱えきれないものに包まれたまま、真っ暗闇ようだった。


知ろうとすることは、欲深いことなのかもしれない。


なのに、どうして人は、互いの傷を隠しきれず、言葉にして晒してしまうのだろう。


それが深まるだけだと、わかっていたはずなのに。


日当たり良好だと不動産屋に紹介された、あたしの広めのワンルーム。


けれどいつも、遮光カーテンでそれを覆っている。


太陽は、あたし達には眩しすぎるものだったね。

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