きっと、救えるよね。。

穏やかな時間がやってきた。

父は、苦しみに耐え奇跡的に、苦しみを乗り越え、先生を困らせる日もありましたが、時間が流れ、段々と父も、落ち着きを取り戻し。
元気に回復して行ったのです。

父の入院中に、母も元気に回復し、退院し母は、父の看病をするまでに回復していました。

毎日毎日欠かさず、母は父の面倒を見てくれていました。

脳の手術もしていて、あんなに、大変だったのに、二人とも奇跡が起きたんだと、感謝の気持ちでした。

そして、沢山の方達に支えられ、父も11ヶ月の入院を無事退院できることができたのです。

父も、母も自宅に戻ることが出来て、いつものように穏やかな日が戻ってきたのです。

ただ、母の方がまだ、反対側の脳の未破裂の状態の動脈留の手術をしなければいけなかったので、倒れてから一年後には処置しないといけなかったので、母も落ち着いて、元気な状態の時に、二度目の手術をすることになったのです。

一難去って、また、一難。
気持ちの整理をする間もありませんでした。

母も、二度目の手術の時はとても不安で、涙を流していました。

破裂してからは、手遅れなので、母も頑張って手術に立ち向かっていました。

偉いなって思いながら、可哀相にっと思う気持ちでした。

病院には、色んな病気の人がいました。

乳癌、脳の病気、末期癌の方など、私は、他人事ではないように、この頃は考えるようになっていました。
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