からっぽな街
そう思いながら、岩場の下と、荒波を見る。
もっと、下がったところに座ればいいのかもしれないのだけれど、もっと、近くに海風を感じたいので、出来る限り、岩場の岩の、先端に座る。
 もしも岩場が崩れたら、そのまま下に、まっ逆さまに、落っこちちゃうかもね。
 岩場の下を覗きながら、単純にそう思った。
 せっかく本を持ってきたのに、ちっとも読むきになれなかった。私の心臓の鼓動、体の中に流れている血液の速度、もっと奥の、神経の、遺伝子の記憶の、そのまた向こうの、生命発生の、奇跡的な母なる何か。その記憶が、この波の音を私に、何かを懐かしがらせる。変わることのない景色を、ずっと、眺めていた。
 水平線の向こうに、真っ赤な夕陽が、ゆっくりと、落ちてゆくまで。
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