隣の先輩
 男の人はもう笑顔を浮べていなかった。


 真顔でいるとどこか冷たい印象を与えるが、その澄んだ瞳や佇まいは人を惹きつける。


 突然、彼は困ったように顔を崩していた。


 顔を崩した途端、すごく優しい印象になっていた。


「あんまりそうじっと見つめられると困っちゃうんだけど」


 そう冗談めかした言葉で我に返る。


 それがさっき表情を崩した原因だったんだと気づいた。


「ごめんなさい」

「いいよ。気にしないで」


 彼の話し方はゆっくりで、人に聞かせることを意識して話しているような気がした。


 そんな気遣いが宮脇先輩のお兄さんなんだと伝えていた。



 宮脇先輩も綺麗だけど、やっぱりお兄さんもすごくかっこいい。そうなると、弟さんもかなりの美形なんだろうなって思う。


「君が真由ちゃん?」


「そうです」


 思わず名前で呼ばれ、背筋を伸ばし、顔をこわばらせ彼を見ていた。


 彼は肩を震わせて笑っていた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。佳織から聞いたんだ。稜の近所に可愛い子が住んでいるって」


「可愛い?」


 前に依田先輩に言われたときよりも過剰に反応してしまったのは、どうしてなのか分からかった。宮脇先輩の家でそんな話が出ていると思わなかったからかもしれない。
< 566 / 671 >

この作品をシェア

pagetop